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自動運転が生み出す新ビジネスは、動くエンターテイメントボックス

 自動運転が実用化されると私たちの生活はどう変わっていくのか? 未来の社会では車の定義が、今とはまったく違ったものなっているかもしれない。

人に近づくロボットと人を超えるAI

 徐々に人間の姿に近づいてくるロボット。最近の映像で衝撃的だったのが、ボストン・ダイナミクスが開発した車輪付き2足走行ロボット「Handle」だ。まるで動物のように2本の手と足を持ち、足元に付けられた車輪で荒れ地などでもスムーズに移動でき、階段を下りることもできる。障害物を見つけると、全身をバネのように使ってジャンプして飛び越える。人間の動作と変わらず、まるでアスリートを見ているようだ。

 一方、レジのないスーパーマーケットが実現できるとして注目を浴びている、アマゾンの「Amazon Go」。棚から欲しい商品を取り出すだけで購入が完了するという、これまでの買い物の常識がくつがえるような新サービスを、ディープラーニングなどのAI技術によって実現しようとしている。

こういった映像を見ていると、やがてロボットとAIが結びつき「SF映画のように人類を支配してしまうのではないか」という恐怖を感じる人もいるかと思う。しかし、そこまでの能力を持ったロボットを作れるような時代が来る頃には、大きな産業革命が起き、現時点では想像できないような新しいプロダクトやビジネス、サービスが登場しているだろう。

 とはいえ、「このままでは人間の仕事が奪われてしまうかもしれない」という不安を持つ人も多い。そんな危機感を解消しようと、ロボットやAIに関わる研究者は「テクノロジーは人間の仕事を奪うのではなく、新しく作っていくものだ」と語る。では、新たに生まれる仕事とは一体どんなものだろう?
 本連載では、ロボットやAIに関わる新技術をさまざまな角度から紹介するとともに、そこから生まれるビジネスやサービスについて予測してみたい。

自動運転の現状と実現可能性


公道で実証実験を行うロボットタクシー。2020年以降の自動運転タクシーの実用化を目指す(写真:ロボットタクシーより提供)

今回は、交通事故の減少、特に最近深刻化している高齢者ドライバーによる事故を防ぐもっとも有効な対策としても期待が持たれる「自動運転技術」について見てみよう。

一言で自動運転車の実現といっても、いきなりハンドルもブレーキもない車が公道を走りまわるような社会になるわけではない。じつは、自動運転車の実現には4つの段階が定義されている。(官民ITS構想・ロードマップ2016)第1段階のレベル1は、加速・操舵・制御のいずれかをシステムが行う自動運転技術。このレベルの乗用車はTVのCMでもよく見かけるように、前方に歩行者を見つけると自動的に止まってくれる車として、すでに各自動車メーカーから市販されている。レベル2は、加速・操舵・制御を組み合わせて、システムが人間の運転を支援する自動運転技術。たとえば、渋滞中など低速度域に限ってアクセル、ブレーキ、ハンドルといった運転操作を車に任せることができる。2017年には、このレベルの市販車がいろいろと登場しそうだ。
 レベル3は、基本的にシステムが自動で運転を行うが、なんらかのトラブルが起きると人間が運転を代わるという自動運転技術。そしてレベル4が、加速・操舵・制動のすべてをシステムが行い、人間は運転にまったく関与しない完全自動運転車だ(今後、レベル4が、空港など専用空間内や地域を限定した完全自動運転「新レベル4」と、地域限定なしの完全自動運転「レベル5」の2段階に分かれる可能性もある)。

 レベル4の完全自動運転車の実用化は、技術的にはほとんど可能になってきた。とはいえ、法整備や外的要因での事故対策など、まだまだ課題が多い。さらに、新たな不安材料も出てきた。それは、歩行者の心理的負担だ。
 たとえば、歩行者用の信号が青になって横断歩道を渡ろうと思っていると、遠方から自動運転車が直進してきた。この時、ドライバーが運転席に座っていることがわかれば、万が一車が信号に気づいていなくても止まってくれるだろうとある程度の安心感はある。しかし、ドライバーがいない完全自動運転車の場合、万が一車が信号を見落としていたらと思うと、横断歩道の手前で停止したことを見届けないと安心して渡れなくなってしまう。こういった心理的負担は、自動運転車が公道を走るようになり、ある程度時間がたって事故が起きていないということが証明されるまで解消されないだろう。

 結局、レベル3までの自動運転車には、運転免許証を持ったドライバーが必要なので、たとえばタクシードライバーの仕事がなくなるにはまだまだ時間がかかりそうだ。むしろ、ドライバーの負担が今よりも減るので、過酷と思われているタクシードライバーの業務内容が緩和される可能性もある。

完全自動運転車の普及で生まれる新ビジネス


Rinspeedがジュネーブモーターショウで発表したコンセプトカーXchangE。自動運転の実用化によって車がリビングになる(写真:Rinspeedより引用)

 レベル4の完全自動運転車が実用化されるインパクトは大きい。もはや、車が乗り物であるという定義すら変えてしまう可能性があるからだ。車は単に移動するための箱にすぎず、極端にいえば、エレベーターみたいなもの。もちろん、観光地などでは窓から景色を見る楽しみもあるだろうが、日常の足として使われるようになったら、窓の景色にも興味がなくなってしまう。

 そこで、車の移動中に楽しめるさまざまなコンテンツを提供するサービスが誕生するだろう。ハンドルやペダルがなくなることで、新たなスペースが生まれる。そこに、大画面のモニターを搭載すれば、移動中に映画やゲームなどを楽しむことができる。そうなってくると、車はもはや移動のために利用する道具ですらなくなる。新しいサービスとして、自宅まで迎えに来てくれて、時間単位で家族や友人たちとカラオケやゲームなどを楽しむエンターテイメントボックスのような使い方をするサービスも誕生するかもしれない。時間がきたら自宅まで戻ってくるので、結局人は移動していない。アパートやマンション住まいなら部屋からの音漏れが気になるが、移動する車の中ならば近所迷惑にならずに大音量で映画や音楽を楽しむこともできる。そこには、車のための映像配信サービスや通信システムの構築、新たなコンテンツの制作などで新ビジネスが誕生する。
 また、これまでパーティを開こうとすると、参加者が一つの場所に集まらなければならなかったが、車でパーティをする場合はそれぞれの自宅まで行って人を集めてくることができ、パーティ終了後は一人ずつ自宅まで送り届けることもできる。こういった利用の仕方を考えると、コンテンツの提供以外にもさまざまなビジネスが生まれると想像できる。

 もちろん、これまで通り移動手段としてのタクシーの需要がなくなるとは思えないが、完全自動運転車が普及していく段階で、従来のタクシードライバーの仕事はなくなっていくかもしれない。しかし、自動運転によって人件費がかからなくなるので、低料金で高齢者でも気軽にタクシーが利用できるようになる。そうなると、乗降や荷物の積み下ろしを手伝うヘルパーが必要になるだろう。また、国内外の観光客向けに、同乗していろいろと名所を案内する観光ガイドも登場するかもしれない。日本では1960年代まで、バスには運転手の他に車掌が乗っていて、乗客の行先を聞いて運賃を徴収したり、高齢者の乗降の手助けをしていた。その後、ワンマンバスの普及によって運転手だけが残り車掌は消えたが、完全自動運転のタクシーが普及すると逆に運転手が消え、ヘルパーやガイドといった乗務員が新たな車掌として復活するのだ。

 人間は常に快適な暮らしを求める贅沢な生き物だ。その向上心がある限り、ロボットやAIが進化しても次から次に新しいビジネスやサービスを生み出していくだろう。

元田光一 by
日本ソフトバンク(現ソフトバンク)でソフトウェアのマニュアル制作に携わった後、理工学系出版社オーム社にて書籍の編集、雑誌の取材・執筆の経験を積み、テクニカル/サイエンスライターとして独立。著書に『できるAndroidスマートフォン Google編/Blackberry編/サイボーズ編/Exchange編』(インプレス刊)、『iPhoneでいい写真を撮る魔法のテクニック』(共著・エクスナレッジ刊)、『50代からのiPad』(共著・エクスナレッジ刊)などがある。
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