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女子学生囲碁世界チャンピオンから見るAlphaGoの脅威

この記事は元女子学生囲碁世界チャンピオン(!)の呉理沙さんに寄稿いただいた記事です。いつものデジマラボからは考えられないぐらいにマッチョな記事になっていますが、ぜひ最後まで楽しんでいただければ!

2016年3月、Google DeepMind社の人工知能“AlphaGo”が囲碁の世界チャンピオンを倒したことは記憶に新しい。

あれから1年ほど経った今年1月。インターネットに謎の強豪アカウント”Master”が出現し、世界のプロ棋士相手に60連勝という偉業を成し遂げた。DeepMind社は後にMasterはAlphaGoの進化版であると発表している。

また、DeepMind社のCEO、デミス・ハサビスが「AlphaGoはプロ棋士から学ぶ段階を超え、自らの碁から強化学習の手法を使って学んでいる。人間の試合からでは人間を超える事ができないからである。未知なる領域に達するだろう。」とインタビューで答えた。

囲碁の世界で強い人工知能は他にもある。中国の開発する囲碁人工知能”刑天”もAlphaGoに引けを取らないほど強いし、日本勢の開発する”DeepZenGo”の成長も目覚ましく、既にプロ棋士の趙治勲を相手に1勝を挙げている。

こうした流れの中、囲碁強豪国である韓国からはまだ囲碁の人工知能開発が行われていないため、韓国棋院は特別プロジェクトを立ち上げ、本格的に”韓国版囲碁人工知能”の開発に注力するという。

今後は、こうした囲碁界にみられる我も我もというような人工知能開発ブームに乗り、世界中で確実に人工知能が取り入れられていくとみられる。

AlphaGoが人間を超えた二つの理由


今回、AlphaGoが人間を上回る事ができた要因は大きく分けて2つに分けられる。

1つ目は、経験・感覚を数値化することができたことである。

囲碁では、不確定要素に対しての状況判断を行うとき、五感を駆使した状況判断がしばしば必要とされる。

勝負が佳境に差しかかり、互角の状態のときは終局までどのように持っていくか戦略を練る。

筆者の場合は通常、これまでの自身の試合から得られた反省、プロ棋士の試合から学んだ考え方や戦術、そして相手の特徴等(考えられる強み・弱み)を総合的に考慮して試合を進めていく。

しかしそれらはデータとしてとてつもない量に上るため、忘却してしまうことは避けられず、記憶だけではなく経験から鍛えられる“勘”にも頼らざるを得ないのが事実だ。

実はこの部分が、コンピュータが人間より強くなれた原因の一つだと考えている。要は、人間はインプットしたデータを全て丸暗記できないため、理解したことを経験値として得ることで勘を磨いていくことに対し、コンピューターはインプットしたデータは忘れることがないため、囲碁という完全情報ゲームにおいてはいつでもデータを引っ張り出し、打ち方を判断することができるのだ。


2つ目は、偏見や趣向に一切影響されず、合理的な判断ができることである。

囲碁は10の365乗通りという天文学的な量の打ち方があるが、あくまでも有限なので、芸術等とは違い常に合理的=正しいという事になる。

しかし、考えられるすべての可能性を読むことはできないので、人間の場合は感覚や勘で考えるべき候捕手を絞り込み、その中で先読みを行う。

このとき、勘に頼っているため膨大な選択肢に対しほとんどのプレイヤーは「こんな手はありえない」という形で切り捨てている。

しかし、イセドルvs AlphaGoの第2局目に、通常、プロ棋士なら候捕手からはずす様ないわゆる「常軌を逸した手」をAlphaGoが放ち、勝利を納めた。

AlphaGoは感覚ではなく、膨大な手の勝率を数値化して判断を下すことができるため、「ありえない」といった偏見や或いは「こんな手を打ったら負けてしまうのではないか」といったような感情に振り回されることもないのだ。

AlphaGoの勝利から考えられる人工知能の未来


囲碁の人工知能は以上の強みを持ち、ついに人類を倒すに至ったのであるが、では、これらの出来事から考えられる人工知能の未来とはどのようなものだろうか。

あくまで筆者自身の長年の囲碁の経験+数年の社会経験からの見地であるが、AlphaGoを見て一番に思ったのは、これからの時代は、ベースとなる判断は人工知能が下し、それに基づいた最終的な判断をいかに人間が正しく行うことができるか、というスキルが求められていくのではないか、ということである。

よく、AlphaGoは二人零和有限確定完全情報ゲームにおいては強いが、情報が限定的でないものに対して活用するのは難しいのではないかとも言われている。しかし、AlphaGoがインプットしたデータは、囲碁が持つ10の365乗通りに対し、3,000万局のプロ棋士の試合だったのにも関わらず、4,000年間の囲碁の常識を破壊する革新的な手を編み出している。ということは実際のビジネスにおいてもビックデータを用いることにより、今まで人間が下してきた解を大きく上回る様な最適解を導きだせる可能性を秘めていると考えることができる。

しかし一方で、現在の“弱い人工知能”は汎用性の部分がまだ弱いため、過学習による融通の利かない判断や柔軟性の無さが課題でもある。

そうした部分においては人間が想像力やアイディアを駆使し、数値による確率論だけでは考えられないことを補う必要がある。

例えば、イセドル vs AlphaGo戦で筆者が一番感動した試合は第四局である。
第四局、中盤まではイセドルが悪く、AlphaGoも自身の勝率を70%と計算していた。

ところが、イセドルがのちに「神の一手」と言われた白78手目を放つと、AlphaGoがそれまで予測していた勝率が無くなったのだ。

もしこのとき、AlphaGoがイセドルだったら、同じ手が打てただろうか。

AlphaGoは、イセドルが実際にこの手を選んでくる可能性を10,000分の一と計算していたという。イセドルはこのとき、自身が劣勢であるという事を認識していた。

神の一手は人工知能には打てない


「神の一手」を選ぶ際、「何か起死回生の手は無いか」とありとあらゆる手を読みつくしたとすれば、まだこの部分は人工知能が達していないいわゆる汎用性の部分である。

なぜならば、AlphaGoが候捕手を抽出する際にはあくまで過去のデータと強化学習に基づき、一番良い評価が得られた手を選択する、という手法を取っているため、その結果に基づいての手しか打つ事ができないからである。

コンピューターはすでに、過去の膨大なデータから人間を大きく上回る精度で最適解を導き出す事ができるようになりつつある。

コンピューターが出す解に対し、人間はそれをいかに上手く扱うことができるか。

2016年を境に、あらゆる分野において「神の判断」が求められる時代が到来しようとしている。

呉 理沙 by
元女子学生囲碁世界一。囲碁の経験を生かし、人工知能・機械学習分野を勉強中。また本業の傍ら、プログラミングにも取り組んでいる。